のぞみのデュアルライフ(2拠点暮らしと養生方法)

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ 

秋が物悲しくなるのは理由があるの

秋の日は釣瓶落とし

 

日に日に夕暮れが早くなり朝夕冷え込んできてなんだか寂しくなる季節ですよね。

 

漢方の世界で秋は「容平」ようへいといって万物の成熟、容(かたち)が平定することをいいます。

 

五行(木 火 土 金 水)でいうところの金にあたり方角は西で悲しみや憂いの感情とリンクします。

 

古代から悲しさや憂いを感じる季節と考えられているのですね。

 

この時期、冬に向けた養生をきちんとしておくことで次の季節を健やかに過ごせます(相生関係)

 

今の過ごし方が少し先の自分の助けになります。

 

じゃどうすればいいのか。

 

①乾燥を防ぎ肺の働きを助ける

②冷えに注意する

③基礎体力を養う

④気候の変化に対応する

⑤補陰(潤いを与える)

 

どれもこれもふ〜んという当たり前のことばかりですが、スポーツや食欲の秋‼︎などと煽られつい過度な運動や食べすぎに走ってしまいがちです。

 

身体のなかの陽の気が衰えていく時期(夏至を境に陰の季節に移行しています)なので、冬に備えた生活を意識するといいですね。

 

ちなみに私がしていることは慌てて厚着をせず(少しずつ寒さに慣れていく)自然の中で深呼吸(実家は自然いっぱいです)寝るときは首にタオルを巻きマスクをして喉の乾燥を防いでいます。

 

邪気が首元や背中の風門というツボから入るのを防ぎ、いつも喉が潤い風邪を引かなくなりましたよ。

 

仏壇の中が混み合ってきたらこう解決する

江戸時代からのご先祖様たちや去年ことしと立て続けに両親が亡くなったので、仏壇の中がお位牌で混み合ってきました。

 

一定人数まではくりだし牌に収まっていますが、入りきらないものをどうするか葬儀社さんに相談しました。

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もうひとつくりだし牌を買って過去帳に転記して、以前のお位牌から心抜きをして新しいものに心入れするということでした。

 

ええっ、私がするんですか⁉︎ってほかにいません。やるしかないのです。

 

過去帳に転記するのも文字数により金額が決まってきて、業者さんにお願いするか住職に頼んでみるか。

 

うう〜ん、住職に頼んでみるか。

 

まぁ祖父母の33回忌法要までにすればいいので、まだ時間があります。

 

その頃まで私が元気でいられるか不安ですが。

若い石材屋さんで助かった

長年お世話になっている石材屋さんが墓石に戒名を彫ってくれます。

 

父のときはちょっと年配のご主人が家でメモして行きましたが、母のときは息子さんが来てスマホカメラでお位牌を撮影しLINEでやり取りしてくれました。

 

間違えたら大変ですからね。

 

戒名はふだん使わない漢字が入っていたり、旧字だったりしますからね。

 

いくら慣れていても万が一もありえます。

 

納骨時刻もLINEでやり取りしていたので、当日は墓石周辺の掃除と墓石を開けて待っていてくれました。

 

参列者は遺骨を納めてもらったらお供えと焼香をするだけで済むのです。

 

住職が女性の戒名には窓や室という文字を使い、家庭を守ることをイメージさせるのだと話していました。

 

母の戒名には父と同じ文字が入っていて、お位牌を並べるとちょうど掛け合いのようになるという粋な計らいです。

 

祖父母も同じように相聞歌のような名前になっています。

 

あちらの世界でも仲良くね。

 

ということでしょうか。

 

私が「バラ園ですけど」で出前注文できるわけ

50年以上前に祖父が京成バラ園で苗木を大量に購入し丹精込めて育てていました。

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実家は地方の田舎で広大な土地があり、盛岡高等農林学校(現岩手大学農学部)を卒業し我が家に婿養子に入った祖父は定年退職後の自由時間をほぼ庭仕事につぎ込みました。

 

まさに没頭。

 

これは禅でいうところの作務で、最近私もようやくこの感覚がわかりかけてきました。

 

今でも地元で出前をお願いするときは「バラ園の〇〇です」と名乗ると先方もすぐわかってくれるという不思議な屋号?です(笑)

 

しかしながら100坪ほどのバラ園は、樹木の寿命や庭の配置換えでもう姿はありません。

 

それでも昔から我が家を知る人は未だに「バラ園さん」と私のことを呼びます。

 

これは私が大家さんをつとめるピアノ教室の生徒さん募集の際も役立っていて、今の保護者さん世代はバラが咲き誇っていた時代を知っているので紹介もされやすいのでした。

 

 

祖父がなぜわざわざ遠くの京成バラ園から苗木を取り寄せたのか理由はわかりませんが、当時は今のようなホームセンターなどでは手に入らなかったのと、娘(私の父の姉)の嫁ぎ先が船橋でなにかツテがあったのかもしれません。

 

そんな不思議なご縁の京成バラ園に秋バラを見に行くと、今年は台風の塩害で今ひとつでした。

 

しかしガイドツアーでスタッフさんの説明がありいろいろ勉強になりました。

 

今は丹精込めて大輪の花を咲かせるという価値観ではなく、お手入れが楽で剪定もさほど必要ない品種に改良されてきているようです。

 

祖父はアブラムシ対策のため噴霧器を背負ってマメに消毒し剪定していました。

 

手のかかるバラがいっせいに咲き乱れる時期、一眼レフカメラを持って我が家に撮影にくる人や公園と間違えて入ってくる人までいました。

 

朝に摘んで学校へ持っていき飾ってもらったりもしました。

 

通知表に担任の先生から「いつもお花を有難うございます」と書かれていました。

 

そうかと思えば「これだけ咲いてるのだからちょうだいよ」と育てる手間暇コストを考えられない卑しい人もいます。

 

そこに咲くから美しいのですよ(笑)

 

近ごろの棘の少ないバラを眺めながら幼少期を思い出しました。

 

 

認知症に心当たりのあるライフスタイル

後知恵でどうこういっても仕方ないんですがね、生活習慣で認知症を予防できるとか聞きますよね。

 

アルツハイマー認知症を発症した母の暮らしぶりで思い当たるものをメモしておきます。

 

参考になれば幸いです。

 

もともと食が細く痩せ気味(脾気虚ですね)好き嫌いはあまり目立ちませんでしたが、多忙だったので出来合いの惣菜をよく利用していました。

 

私は手作りごはんというものを食べた記憶が殆どありません。

 

おばあちゃんの味とかいいますが、私の祖母は家つき娘で祖父は婿養子だったため、家事全般は曽祖母がしていました。

 

つまり祖母も家事は苦手。

 

私は幼少期からインスタントコーヒー、マーガリン(トランス脂肪酸‼︎)たっぷりの食パンで育ちました。

 

おやつは添加物いっぱいの市販のお菓子。今ならけして口にしないものばかり。保存料が入っているので開封しなければいつまでも日持ちします。

 

市販品・出来合いばかりの食卓ですから美味しいごはんは外食でした。

 

私自身、中年になるまで菓子パンが大好きで毎日のようにカフェ、パン屋さん、コンビニ、スーパーで買っていました。

 

20代半ばまでまともに料理をしたこともなく、家事ができなくても生きられると思っていました。

 

40過ぎて漢方を学ぶまで、栄養バランスを考えても食材の効能がメンタルにまで作用することを知らずに過ごしていました。

 

母も私も気虚(エネルギー不足)かつ気滞(エネルギーの詰まり)で、元気不足でイライラしやすいという厄介な体質で周囲との軋轢をうみやすい性格でした。(私は今もそうです)

 

母はつねに不満だらけで人の悪口ばかり、本音で話せる友達もなく、聞くのが嫌になった私は自分もそっくりだと自覚しつつ距離を取っていきました。

 

はい、認知症の始まりは孤独と食生活から。かもしれませんね。

 

つづく。