のぞみのデュアルライフ(遠距離介護とゴミ屋敷問題)

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

脾(ひ)が弱いからひよわ⁉︎

最近知って、ああそうなんだ‼︎と納得。

 

脾(ひ)は気血を作り出す場所。

 

飲食物から作られる後天の精を気(エネルギー)と血(栄養)に変換する場所。

 

気血が不足すれば元気のない栄養の偏った病気がちの弱々しい状態=ひよわになるのですね。なるほど‼︎

 

健康はまず脾の立て直しから、といわれるのもこのためなんですね。

 

加齢に伴って気血を作り出す機能が低下していきます。

 

中年過ぎて若い頃と同じ食生活を続けていたら脾の働きが追いつかず上手く気血を作り出せません。

 

そもそも脾はとてもデリケートでストレスや湿気に弱いとされています。

 

嫌な出来事や人、消化に負担のかかる揚げ物、味の濃いもの、生もの、冷たいもの、甘いもの。

 

どれも皆んな大好きで年末年始の集まりなどでは必ず登場するメニューです。

 

私も自分自身の不調が脾の弱さだと受け入れられず、なかなか食生活を変えられずにいました(自分ではちゃんとできてるつもりでした。こんなに野菜たっぷり食べてるのに‼︎とか)

 

食後のスゥィーツと珈琲を減らすところから始めてじょじょに養生ライフを実践しています。

 

脾を大切に扱って気血を上手に作り出し全身を過不足なく循環させられれば健康になれますね。

 

雪国育ちの私が憧れるのは温暖な地

雪国生まれ育ちですが雪は大の苦手です。

 

幼少期はスキーや雪合戦やサッカーを存分に楽しんだのですが、やはり雪は生活に支障をきたすものなのです。

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都合のいいとこ取りはできませんね。

 

昔はよく水道管が凍結することがあったので水抜きしたり、夜のうちにヤカンに水を汲み置きおして翌朝すぐガスで温めて蛇口に熱湯をかけたりサバイバルな生活でした。

 

車もガレージに入れておかないと雪だるまのようになり、もはや形も分からなくなります。

 

ワイパーを立てておくのを忘れるとフロントガラスに貼り付いたまま動かなくなります。無理に動かすとワイパーゴムが一回でダメになります。

 

パウダースノーばかりじゃないですから、塊の雪はコンクリートブロックのような重さです。

 

なんとか車を掘り起こして出そうとしても道が雪掻きされてなければ敷地から出られません。

 

車の屋根の雪を下ろしておかないとブレーキを踏んだ瞬間に全部雪崩のように落ちてきて前がまったく見えなくなります。

 

サイドミラーも凍りついて危険極まりないのです。

 

そんな環境が嫌でしばらく西日本で暮らしていましたが、それはそれで別のダメージがありました。

 

温暖で住みよいといわれる駿河の国が憧れです(地震のリスクはどこでも同じという前提で)

母から財布を取り上げたタイミング

買ったことを忘れてますからね、今日ボールペン10本買っても翌日また同じだけ買ってきます。

 

ノック式ならまだしもキャップ式のボールペンを使ってそのまま放置してたらいずれ書けなくなります。

 

叔母が「お湯で温めるとインクが出るようになるよ」って。

 

あのさ、100本分そんな手間かけてられないのよ、私暇じゃないんだから。捨てるほうが早いでしょ。

 

こうすればまだ使える、そのまま捨てるのはもったいない、欲しい人がいるかも。

 

そんな考え方そのものがゴミです。

 

目の前から直ちに消したい私にとってはたわごとでしかありません。

 

欲しくもないのに目の前のものをどんどん買ってくる。認知症になる前からそうでした。

 

買い物は私か父がすることにして財布を渡さないことにしました。

 

これが案外すんなりいって、買い物へ行ってもなにを買えばいいのかわならなくなっていたタイミングだったので母もそれでよかったようです。

 

認知症になると判断ができなくなります。勝手に高額商品を契約してクーリングオフできなくなったり、必要ない生ものをいくつも買ってきたり。

 

放置しているとエスカレートしますから、どこかのタイミングで1人で買い物へ行かせないようにするなど工夫が必要です。

1日6000歩ほんとうに歩けてるのか?

1日6000歩の #ハッシュタグをつけて花の写真をインスタにポストしてます。

https://instagram.com/takenakanozomi?r=nametag

 

歩くようになっておよそ1年。ほんとうに歩けてるのか?

 

はい、歩けてます。

 

花の写真を撮る楽しみがあるのでなんとか継続できています。

 

歩くよりむしろ景色を意識するほうが多く気づけば6000歩あるけてる感じです。

 

近所なのにこんな風景だったんだ‼︎とこれまでいかに無自覚に通り過ぎていたことか。

 

インスタグラマーの方々のように遠い有名な土地まで行かずとも身近な場所、しかも路傍の草花が精一杯咲いているところを切り取るだけで素敵な1枚になります。

 

ほかに自分のお気に入りのものやランチやネイルなど、私のページを見ればどんな雰囲気の人かわかるようになっています。

 

気を巡らせさまざまな発見もあり心のままぶらぶら歩く逍遥(しょうよう)を楽な気持ちで続けています。

 

 

 

自然の摂理に沿う生き方が最強ってことか

漢方スクール時代に名前は聞いても中身は理解できなかった「黄帝内経」(こうていだいけい)を漫画で読んでみました。

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古代の中国に黄帝という伝説上の帝王がいて、師匠との問答を表したものです。

 

昔の人は100歳を超えても衰えることはないと聞いたが、なぜ今時の人は50歳ぐらいで皆んな衰えてしまうの?

 

という問いから始まります。

 

師匠曰く

 

昔の人は養生のことをよく心得、四時陰陽に応じて暮らしていた。彼らは飲食に節度があり、寝起きは規則正しく無理な力つかいをしなかった。だから心身ともに健やかで100年の寿命をまっとうすることができた。

 

ところが今時の人は酒を果汁のように飲み、体に過労を重ね、酔っては女を求め情欲のままに精力を尽くす。

 

つまり一時の快楽のために生きることの真の楽しみをすり減らす。だから50歳になるとすでに衰えてしまう。

 

自然からの邪気は病のもとであるが、季節の変化に応じて生活すればこれらを避けられる。同時に無欲恬淡であれば精神的刺激が避けられる。

 

なんだかこれだけ読むとひどく無味乾燥でつまらない暮らしに見えますね(笑)

 

今の誘惑だらけの社会で無理な欲望を持たず薄味のあっさりしたものばかり食べ、道楽もせずに過ごすなんて難しいですよね。

 

欲望はよい方向に作用すれば悪いことばかりではありません。それが生きる原動力にもなります。

 

あっさり栄養のないものばかり食べていると胃腸には優しいかもしれませんが満足感は低そうです。私は今機能性ディスペプシアという病気であっさりしたものしか食べられず、そこそこ満足できていますが元気なら味の濃いものが食べたいでしょうね。

 

道楽せずにとはいっても次から次へと流行がやってきて、皆んなが持っているものやしていることは試してみたくなります。

 

なにを持たないか、やらないか、が重要ですね。

 

季節に応じた生活と必要以上に欲しがらない、人と比べず節度を持った無理のない生き方が長く健康でいられるということなのでしょうね。