のぞみのデュアルライフ(2拠点暮らしと養生方法)

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ 

いまのやり方だと来年は頼まないよ

毎年実家の雪掻きはシルバーセンターさんにお願いしています。

 

私が不在でもピアノ教室の生徒さんの駐車場はきちんとしておかないと不便をかけます。

 

しかし年末からの寒波は尋常ではなく人力での限界がありました。

 

ちょうど帰省していた日に、知り合いの土建屋さんが「重機でやってあげるよ」といってくれました。

 

それはそれで助かりますがタダなわけありません。

 

重機出動一回につき一万円だそうです。

 

高いのか、安いのか⁇

 

ウチの何倍も広い経営者の友人のところもこの業者さんに頼んでいてやはり同じことを言われたそうです。しかも毎回取っ払いでほしい、請求書も領収証も出せないと。

 

それって税務申告したくないんでしょ?

 

あいだに人に入ってもらって説明してもまったく聞く耳持たずだそうです。呆れる。

 

そんなの田舎じゃありがちな話ですが、いつまでもそのやり方が通るはずないでしょう。

 

やったかどうかわからない仕事で小遣い稼ぎしようといういやらしさを悪気なく一方的に言ってきます。

 

友人は法人として経費で落とせるものをポケットマネーから払うしかなく、その人に頼まなければ自分で広い敷地の雪掻きをしなければなりません。

 

雪掻きをしていると本来の業務ができなくなるので頼むしかないんですよね。

 

離れている私には振込先を提示してきましたが、毎回電話してすぐ振り込んでほしいといいます。

 

友人と相談して「来年からは別の業者さんにしよう」ということになりました。

 

そんな持ちネタあるなら早くいってよ

先日甘粛省出身の学生さんがはなしていた「支援大西北政策」を調べてもわからず中国語の先生に質問しました。

 

沿岸部に比べて経済や文化、教育にまだまだ遅れのある西側内陸部を発展させようという国策で、ベトナムに近い港町を拠点に漢民族を中心に移住を促進させる動きだということでした(間違ってたらすみません。ぐぐっても中国語の文章しかなくて)

 

主に広西チワン族自治区貴州省雲南省などをテコ入れして経済発展を目指すということでした。

 

「私も住んでましたよ」

 

って。えええっ‼︎はじめて聞きましたよ。

 

東北部出身のシュッとした見た目から意外な持ちネタを引き出しました。やっぱり喋ってみるものです。

 

お茶文化の中国で昨年末、故宮博物院の中にコーヒーが飲めるカフェがオープンしたとか、パイナップルという単語が台湾では凤梨、中国大陸では菠萝というなどふだん意識しないお話を教わりました。

 

いま一番使えるのは

密码是什吗?

WiFiパスワードはなんですか?

じゃないかしら、などと盛り上がりました。

 

そして宿題の今年の目標や抱負はなに?に対して

 

①我想是温灸治疗

②我想用更多时间学汉语

③我在生活中更重视直感

 

①温灸治療を受けたい

②中国語の勉強時間をもっととる

③直感を大切に生活したい

 

と答えました。

 

昨年も同じ質問をされてどれも達成できなかったので今年は実現可能そうな答えにしました。

 

果たして年末にどうなってるか楽しみです。

 

友人のテレビ出演が我が事のように嬉しい

ケアラー(介護者)の友人がNHKハートネットテレビに出演しました。

 

たまたま立ち寄ったカフェで、若年性アルツハイマーの奥様を見送ったばかりの方と知り合ったのがはじまりでした。

 

奥様のお別れの会で配布された娘さんが書いた漫画をカフェの常連客で回し読みしていると聞き借りてみました。

 

これって読みたい人いるんじゃないの?

 

アルツハイマー認知症ならまだしも、若年性アルツハイマーの情報は少なすぎて当事者や家族の人と知り合いたくても難しいものなのです。

 

様々なケアラーズカフェに出入りしていた私は、どうせ誰も見てないだろうと本と一緒に写真を撮ってSNSにアップしました(欲しい方にお譲りしますと)

 

意外な方が反応してくれてその本を送りました。

 

すると「正式に出版したいのだけど」と提案されました。

 

お知り合いの出版社さんに話を繋いでくださって、わずか数ヶ月で書店で買えるようになりました。

 

 

info.dual-life.site

 

仕事早っ‼︎

 

漫画を書いた娘さんがあまり仲良くなかったお父様と2人だけで旅行へ行ったり、一緒に子ども食堂でボランティアしたり、こうなるカラクリだったのね‼︎と驚嘆していたのを覚えています。

 

これは私自身にも重なる部分が大きくて共感どころ満載でした。

 

介護中は苦しいばかりと思っていましたが、その合間にも様々な出会いがあり多くの方と知り合えてマイナスだけじゃない、しかも不仲な父との関係性を見直すきっかけにもなりました。

 

意味付けするのは自分次第ですが、現状のままよりなにか工夫しどころがあるかもよ?のヒントが苦難の中に隠れていることがあります。

 

まだ現役ケアラー(介護者)だった頃にこの方と娘さんを紹介してくださったカフェのオーナーさん、介護支援事業の社長さん、出版社社長さんと出会えたのも私にとってはまたとない経験でした。

f:id:nozosan-net:20190124223429j:image

夕べのテレビ出演はご本人とお父様をリアルに知っているだけに嬉しさもひとしおでした。

 

葬儀の流れおまとめ(宮城県版)III

法事会食が済めばひとまず葬儀はおわりですが、すぐ四十九日と納骨の手配に取り掛かります。

 

うちの場合は同日に行いましたが、わずか1年のあいだに両親が相次いで亡くなったため父の一周忌法要と母の四十九日・納骨を一緒にすることになりました。

 

えええっ、そんなパターンありなのか⁉︎

 

分家や檀家の僧侶とも相談し、亡くなってから1年経過する前に法要を営むのが暗黙知ですが母の四十九日に合わせることにしました。

 

そこから親戚やご近所に一軒ずつお知らせを出しお返事を聞いてまわり、人数確定して料理旅館へメニューや引き物の打ち合わせに行きます。

 

当日お寺へ持参する菓子や仏花、お線香、ロウソク、マッチ、お茶、水など手配し、石材屋さんにも最終確認(墓石を動かしてもらう時刻など)しておきます。

 

私はお寺、石材屋さん、料理旅館さん、分家などと打ち合わせのためなんどか千葉から通いました。

 

「手抜かりがあってはならない」

 

もうそれだけでストレスで機能性ディスペプシア(原因不明のみぞおちのつかえ)が再発します。というかしてました。

 

当日はなんとか無事に納骨〜法要〜食事会を済ませようやく身体を伸ばして眠れました。

 

その後も料理旅館さんや石材屋さん、お位牌代などの支払いをしていきます。

 

香典返しの返却や自宅の祭壇の撤収は葬儀社さんがしてくれます。

 

ここまでが四十九日。お彼岸済んで初盆をすると今年はすぐ一周忌です。なんとうちはまた父の三回忌と一緒にします。

 

自分がそこまで生きていられるかな、と不安になります。

葬儀の流れおまとめ(宮城県版)II

宮城県は火葬が先でそのあとが葬儀です。ここはよその地域とは異なるようです。

 

お通夜の翌朝8時頃に葬祭ホールを出発し火葬場で喪主挨拶と読経してから火入れします。(火葬時刻は打ち合わせのさい葬儀社さんがスマホから予約を入れてくれます)

 

2時間ほどの待ち時間は参列者にお茶やコーヒー、お菓子やおむすび、野菜の炊き合わせなど食べてもらいます。(炊き合わせは分家が用意してくれました。お茶コーヒーは用意されています。おむすびはスーパーで予約して葬儀社さんが受け取ってきてくれました)

 

参列者全員でお骨を拾い骨壷におさめまた葬祭ホールへ戻ります。

 

葬儀からの参列者の受け付けをして読経〜喪主挨拶。ここまでが葬儀。

 

その後、親戚と隣組と呼ばれる先祖代々お付き合いのある方々と僧侶で法事会食会場へ(法事料理や引き物の打ち合わせもお通夜前に済ませておきます)

 

ここで参列者は金一封包んでいくものなので受け付け係が必要です。

 

故人との思い出や地域のあれこれなど僧侶を囲んで和やかにお話ししながら食事します。

 

法事料理は持ち帰りを想定された量が出るものなので、終盤になると女性陣が男性陣の折り詰めに料理を詰め始めます。

f:id:nozosan-net:20190122184358j:image

参列者は白蒸かしというご飯と折り詰め、引き物や菓子など持ち帰ります。

 

私は地元の慣例に疎く分家の叔母夫妻に頼りきりでした。

 

いくら葬儀社さんが仕切ってくれても料理メニューや香典返しの品、数の予測など私がやらねばなりません。

 

どの場面でも参列者さんが戸惑わないよう誘導し挨拶し声がけが必要です。

 

そんななかでも小学生時代の友人が参列してくれたり同級生のお父さんが来てくれたり幸せな体験もさせてもらいました。

 

面倒な地域のしがらみ(柵)がたびたび私を救ってくれた出来事でした。