のぞみのデュアルライフ(遠距離介護とゴミ屋敷問題)

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

終活年賀状

前倒しの身じまいはもちろん年賀状も含まれます。

 

この数年めっきり出すことも出す意欲もありませんから、ズルズル付き合いで書くのはもうやめようと思っています。

 

ちょうど2年連続で不幸があり喪中ハガキを出したのを区切りにやめる決断をしました。

 

親戚に関しては微妙ですが先方も高齢で書くことが億劫なのではと想像しています。

 

最近は「今年限りにさせていただきます」とことわりを入れる方も多いのだとか。

 

私はこのままフェードアウトしようと思っています。

実家帰省は多忙の連続

両親が亡くなってもこれまで通りまめに帰省しています。

 

私自身祖父の代から続くピアノ教室の大家さんでもあり、江戸時代からの隣組と呼ばれる地域コミュニティのメンバーでもあるので。

 

そして意味なく広い庭は手入れを怠るとすぐジャングルになってしまいます。

 

これまでは父が母の在宅介護の合間に草むしりや剪定をしていましたが、私はそこまで手が回りません。

 

シルバーセンターさんで懇意にしていた方が程よいタイミングで声がけしてくれて雑草だらけになる前に綺麗に整えてくれます。

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非常にしっかりした方で明細書に始業〜終了時刻から作業内容、ゴミ袋を何枚使用したかまで記載し手押し車のパンク修理までしてくれます。

 

冬場の雪掻きのお点前も神業です。

 

ほかに毎年地域の防災訓練があり、母を在宅介護していることを皆さんに理解いただくため日程を合わせて帰省していました。

 

一度に多くの方にご挨拶できるまたとない機会ですから活かさない手はありません。

 

毎回室内片付けや郵便物の整理、ピアノ教室の掃除など分刻みのスケジュールの合間に来客や電話対応などでヘトヘトになります。

 

しかしやれる時にやっておくことで翌月の自分が楽になります。

 

今は介護を卒業し少し自由時間が見つかりカフェに行くゆとりもできました。

 

頭の中で庭仕事の段取りや写真整理をしながらお茶を飲む時間を大切に過ごしています。

バイリンガルシニアに聞く健康の秘訣

先日の日中ビジネスランチ会で70歳になろうというシニアの方に若さの秘訣を教えていただきました。

 

まず家に閉じこもっていてはいけません、と。

 

それこそ閉じこもるから老化するのか、老化するから閉じこもるのかというところですが。

 

毎朝の朝食は2パターンでヨーグルトなどの発酵食品を採るようにしているそうです。

 

太極拳をしてからお仕事へ。(お仕事についている時点でお若いはずです)

 

職業柄さまざまな人と関わる機会が多くご自身のお話もしますが相手のお話も聞かなければなりません。それも日中両方の言語で。

 

頭の中は常に両方の言葉でフル回転。私にも同時通訳で中国人の方のお話を説明してくれました。

 

そしてほぼ毎週ゴルフを楽しむのだとか。

 

連絡は中国版LINEのWeChatを使いこなし、きちんとグループごとに資料や動画などで連絡をくれます。

 

大陸で暮らしていた頃は政治的な規制や国籍問題でかなりなご苦労をされたようです。

 

しかし今は両方の文化のいいとこ取りをしながら人生を楽しんでおられます。

 

黄帝内経の令和を教えてくれたのも実はこの方でした。

 

 

info.dual-life.site

 

経験したことが役に立つとか立たないとか実はどうでもよくて、面白がれたらそれでいいんじゃないかと思えました。

終の住処を探索する旅

10連休はかねてから気になっていた終の住処を探す旅をしてきました。

 

気になる場所をピックアップして、ネットでわからない部分を現地で体感し具体的なライフスタイルを妄想するというシュミレーションのようなものです。

 

一つは首都圏の新興住宅地でそこだけですべてが完結する大規模な街で、公共交通機関のアクセスや介護施設医療機関などを調べそこで残りの時間を終えられるかどうか。

 

もう一つは以前暮らしていた関西圏で同じような条件を当てはめ現地を探索してみました。

 

いずれも甲乙つけがたい環境で、自然にも恵まれ都心へのアクセスも悪くない、ただし運転できなくなったらどうするか前もって考える必要があります。

 

公共交通機関がやたら高いとあまり出歩かなくなり、その場所から動かなくなる結果狭いコミュニティを世界の全てと勘違いしそうで避けたいところです。

 

カフェがないのも私にとっては死活問題です。

 

外の空気に触れて程よく他人と交わり自分の時間を過ごせる場所は確保したいのです。

 

それと山林を切り開いて造成した住宅街は坂道が多く、雪国育ちで坂道の怖い私には不向きです(雪道運転、歩行どちらも坂は恐怖です)

 

年齢を重ね今のようなフットワークを維持できなくなる日を想定したライフデザインを自分で作っていかなければなりません。

 

まだ動ける今だから、少し前倒しで楽しく悩む時間を自分に与えてあげるつもりです。

失って初めて気づく当たり前じゃない普通

母の介護が始まるまで自分も家族も健康なことが当たり前で感謝するなどほぼありませんでした。

 

だから些細なことで不満を感じ思い通りにならならいことに苛立っていました。

 

しかし母が認知症を発症しこれまでできていたことが介助なしでできなくなったことで、いかに自分が傲慢だったか気づかされました。

 

ひとりでトイレに行けない、行けても間に合わない、ポータブルトイレやし瓶を用意してもうまくいかない、オムツ生活へ。

 

同じことを何度も聞かされ噛み合わない会話に辟易しきつい言葉を返してしまう。

 

食事介助もボロボロこぼしいつも床は食べこぼしでベトベト。

 

入浴介助は真冬でも汗だくで昔の深い浴槽で2人揃って溺れる寸前に。

 

普通に自分のことをやってくれるだけでどれだけありがたいか。

 

それまでソリの合わない母が疎ましく「この人さえいなければ」と何度となく思っていました。

 

しかし認知症をきっかけに私は考え方の間違いにようやく気づき、病に抗うことをやめただ現実を受け入れることにしました。

 

普通に過ごせるだけで有難いことなんだな。

 

たったそれだけのことがわかるまで無駄に長い年月を浪費していました。