どうしても許せないこと
ウィルスミスの一件で見た目や病気を冗談にせよいじるということ、それに対して即座に暴力で反応するのはいかがなものかと論じられていますがどうしても許せないことはなんらかの形で発信しなければ許されたと認識されます。どんな方法がよかったか正解はなくそれぞれ考えるよりありません。
殴られなければわからない人に優しく諭したところで理解できないかもしれませんし、ああいうセレモニーの場でリップサービスのつもりが行きすぎて地雷を踏んだのでしょう。いじった側もどこまでならよかったのか日頃から考えておかねばなりません。
私自身もいい人と思われることにこだわりすぎてなかなか怒れずにいてあとからなぜあのときはっきりいわなかったのか自分に苛立つことが多々ありました。私に対して人権侵害するような行為も当時収入がなかったことで尊厳まで失った感覚になり不当なことをされても怒れずにいました。収入のあるなしと尊厳はリンクしませんがなぜか勝手にこんな自分が怒るなんてと卑屈になっていました。
怒れなかったこと尊厳を踏み躙られたことがずっとあとを引いてモヤモヤしなんとも気持ちのおさめようがありませんでした。暴力の是非はおいておいても怒りの旬を逃してはいけませんね。大切な自分を粗末に扱うことになるのですから。