なにかに呼ばれた感
近所で父の同級生が中華屋さんをやっており互いに高齢になっても行き来して80歳すぎてもうちに出前の配達にきてくれていい関係性だなぁと思っていました。
人は結局は孤独でいくら社会で活躍しそこそこの地位を手に入れサロンやコミュニティを運営していたとしても、幼少からの素の自分を知ってくれている人とうまく関係性を結べていないとどこまでいっても大学デビュー、社会人デビュー的な痛さがつきまといます。なんか無理してる感やお友達ごっこ感を醸してしまうんですね(本当はリアルの友達なんて1人もいないのはばれてる)
うちはたまたま地方の田舎で知り合いばかりの地域で一生暮らす人も多く処世術に長けている人がほとんどです。幼少から死ぬまでのおつきあいなどざらで親同士も友達や知り合いはてはPTAの役員をいっしょにやったなど必ずどこかで関わっています。
半世紀以上もほどよい距離感でつきあえて互いの葬儀に参列するなど都会では考えられないでしょう。くだんの中華屋さんへ行かねばとなぜか胸騒ぎがして行ってみると父の友人が亡くなっていたことを知りました。コロナで私も帰省しにくくなっていたため知らずにいたのです。お悔やみに行くよう父が教えてくれたのかな。私の勘はやはり精度が高いようです。