のぞみのデュアルライフ(2拠点暮らしと養生方法)

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ 

残念ないとこの存在

叔父の遺産相続

地元にいちばん動ける単身のいとこがいるのですがLINEをやっておらずかつ昼夜逆転生活で連絡が取りづらいいわゆるポンコツです(笑)本人は無自覚でしょうけど。

 

母の弟夫妻は跡継ぎがいませんから甥姪の私たちにも相続の権利が発生しました。しかし叔父の奥さんの今後の生活もありますから遺留分があってもみんなで権利放棄しようね、と連絡取れる子たちのあいだではなしています。しかし放棄の期限は3ヶ月以内でそろそろ迫っています。

 

いちばん動けるいとこは自分の両親の相続事務もほぼ関与せず兄に丸投げだったらしく「あのときこういう書類書いたでしょう、空き家の実家の固定資産税は誰が払ってるの⁇」と質問しても答えられません。つまりなにもやってないと。なんだかなぁ。べつの従姉妹いわく「歳下の私がいうのもなんだけど頼りにならないよ」とのこと。

 

私は遠くに住んでいて日常のこまごましたお手伝いまではできませんからせめて遺産分割協議書にはさっさと署名捺印して叔父の奥さんが早く楽になるよう協力するしかないようです。

大家さんの冬支度

生徒さんが快適に過ごすために

離れた実家でピアノ教室ってどうやって運営してるの⁇って不思議ですよね。不在時の火の元や戸締りは講師さんにお願いしLINEでやり取りのリモートワークですがそれも限界があります。今回2ヶ月半も越境できず備品の不足や掃除などの気掛かりは管理会社さんと分家の叔母に頼んで結果的になにもなく終わりました。

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まだ暑い日もある10月ですが東北はいっきに肌寒くなります。次回いつ帰省できるかわからず教室整備しておかないとまた不安になります。ストーブを出して給油し試運転するとOKでした。灯油は60㍑ほど届けてもらい当面安心です。配達は同級生のご主人なので近況や庭仕事の大変さなどお喋りします。

 

問題は誰がストーブに給油するかですが管理会社に新任さんがきてうちを担当してくれることになりいちばんの不安がなくなりました(なんて采配なんでしょう)本当についてるをこして思い通りになってる(笑)これでしばらくゆっくりできそうです。

地域の溜まり場デビュー

田舎にカフェができた

春ごろにカフェ準備中の方とお喋りしてこんなお店にしたいとの構想は聞いていました。しかしコロナでオープンしてもなかなか行けずようやく立ち寄れました。入るとオーナーさんではなく白人男性が厨房にいて娘さんのご主人だとわかりました。

 

昭和のころは時計・メガネ・宝石のお店が必ず町にあって地域の人はたいていそこで腕時計やメガネを買っていました。修理や電池交換なども然りです。そこの親御さんが亡くなりサラリーマンのご主人がリタイア後にご夫妻でカフェをオープンしたのでした。ニュージーランドウェブデザイナーをしていた娘さんご夫婦も帰国し英会話やピックルボールという新しい競技も教えているとのこと。なかなか楽しそうです。

 

たまたま区長さんや議員さんも来店しピアノ教室をやっていますとご挨拶すると「いつもお庭がきれいですね」とお褒めいただきました。やっぱりみんな見てるんだ(笑)カフェメニューは予想以上に種類豊富なうえ本格的でオーナーが有名どころに弟子入りして学んだだけのことはあるなと思いました。奥様はステンドグラス作家さんでいずれお教室も開くとのこと。

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まだインスタがなく残念ですがウェブサイトはデザイナーなだけに綺麗ですから少しずつ手をつけていくのでしょう。しかし地域の役職者の方と偶然にも繋がれて本当に私はついてますね。

草の根活動は周知されにくい

フードバンクの存在

地元で困窮者へ食料支援している団体を知りました。カフェの看板が出ているので入ってみると今はやっておらずハンドメイド作家さんのマルシェや寺子屋、PC教室にスペースを貸しているとのことでした。鹿島建設さんの事務所をリフォームした室内は学習机が並べられたくさんの米袋やレトルト米が置かれていました。

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地元の大学生たちも協力していてコロナでアルバイト先がお休みになり困っている学生の支援などもしているそうです。たまたま通りかかっておはなしを聞いたのですが本当に困っている人はどうやってここに辿り着くのか疑問でした。チラシをいただき帰ってからホームページを開いてみましたがこれを見る人はどれほどいるのだろう。

 

そもそもフードバンクという言葉を知っている人の方が少ないのでは⁇私はたまたま友人が子供食堂を運営していて賞味期限ギリギリの食材や規格外で市場に出せない野菜など利活用していて知りましたがふつうに暮らしていたら接点がないかもしれません。

 

ボランティアの善意だけで継続は難しいでしょう。聞けば大手企業さんが配送車を調達してくれたり生命保険会社さんが支援金を出してくれたり様々な協力をしているそうです。実はなにか手伝いたいという人も案外いるとは思いますがどうやって関わればよいかわからないのではないでしょうか。もっと告知方法を工夫しないとなぁ。

実家の裁縫箱で介護時代にタイムスリップ

パジャマのズボンゴム

去年から両手親指がばね指でささいな動きで激痛が走るようになりました。鍼灸治療や漢方薬のおかげでよくなってきたためようやくパジャマズボンのゴム交換をする気になりました。

 

実家では母のパジャマを着ていますがどれもオムツ替えでズボンゴムが伸びて新しいのにだるだるです。裁縫箱を開けると使いかけの道具がそのままで父が母のズボンゴム交換をしていた形跡がありました。私が片付けで手が回らないため私の割烹着の袖口ゴムもメガネをかけながら交換してくれていました。

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ほんの数年前まで父と二人三脚で認知症の母を介護していたのですが私はおもに魔窟のような室内片付けと掃除や買い物・調理、父は広い庭の維持管理と身体・食事介助。わりとうまく連携できていましたね。周囲の人から羨ましがられていたぐらいです。そりの合わない親と最後にあんな時間を過ごせて本当によかったなぁ。拗らせたまま逃げなかったおかげで長年の確執も解消され後悔なく見送ることができました(これもおそらく私の自作自演なのでしょうね)