のぞみのデュアルライフ(遠距離介護とゴミ屋敷問題)

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

田舎の高齢者の生態

都会暮らしの方が知らないであろう地方の田舎の高齢者の生態を晒しておきます。

 

65〜74歳の前期高齢者を想像してください。

 

まず車は必須。いずれ免許返納問題があるにせよまだ自分ごとではありません。

 

病院、スーパー、郵便局、銀行、クリーニング、地域の集まり、ちょっとしたお出掛けなどに欠かせない足です。

 

そもそも公共交通機関が発達していませんしタクシーなど贅沢品と思っています。

 

65歳なんてまだまだ若く老老介護している人もいます。

 

80後半から90代の親をお世話してますから、自身の健康不安も抱えつつ地域の皆さんと適度な距離感でお付き合いし町会のお世話係をしたり檀家寺院の清掃作業をしたり、その後の懇親会でお喋りしたりそれなりに日々楽しく暮らしています。

 

女性陣は総じてみな料理上手です。

 

家で梅干しや梅酒を作るなど普通にやっていて、春は山菜や筍、秋は自然薯やきのこ狩りを楽しみ、お煮しめなどにして嫁いだ娘や親戚・ご近所にお裾分けします。

 

ガラケー率が高く急ぎの用事でなくても平気で電話してきます。相手の状況を読むことが苦手です。(私は電話ぎらいで出ない主義なので迷惑です)

 

周囲の同年代もお孫さんやペットの写真をやり取りするためスマホに変えていっていますが覚える気のない人も多く、いまだ家でんしかない人もいてこちらが用事のあるとき困ります。

 

しかしそういう人に限って公的機関のご意見番のような仕事をしていて、世相に疎いのか情弱なのか要はそんなレベルなのでしょう。

 

せめてLINEぐらい覚えれば鬱陶しがられないのにと思います。

 

家にパソコンもなかったりが普通なので、ネットでなにかを調べるとか買い物するなど遠い異国の話ぐらいの感覚です。

 

高い車を買うことは躊躇しないのにスマホやパソコンにお金はかけたくありません。

 

車は一人一台が基本で乗り潰すことなく買い換えます。

 

情報は◯H Kと地元紙でそこに書かれていることは鵜呑みにします。

 

親戚付き合いや小中学校の同級生との親交を大事にし集まりには積極的に参加します。

 

一生地元から出ない人も多く、幼少期から老年期まで気のおけないよく知ったメンバーとお付き合いが続くので冠婚葬祭などあうんの呼吸で協力しあえます。

 

 

気分が安定しているとメリットがたくさん

不機嫌や苛立ちはすぐ相手に伝わってしまいます。

 

時間に追われゆとりなく暮らしていれば待たされることが許せなくなります。

 

私のことなんですがね。

 

なにか手続きするのも介護者というのは並行でさまざまな窓口へいくことが多いですから、一箇所で意味なく時間を食うと後ろの用事がどんどんずれていき、母の帰り時間に間に合わなくなります。

 

私の事情を知らない係の人は早く正確な手続きを配慮するでもなく「ああでもない、こうでもない」とやっていたりします。

 

特に地方の金融機関。

 

それが嫌で前もって電話で問い合わせ、その人の名前も聞いておいて行っても不明瞭な対応。

 

私も他に膨大な雑用を抱えていますからここで時間を取るわけにはいかないのです。

 

早くしてくれないかな、なんで顧客の質問に答えられないの?

 

そんなときほど冷静に「私は日頃千葉に住んでいて介護のため帰省している。時間の制約のあるなかここへ来て手続きしているので余裕がない」

 

といった内容を落ち着いて静かに説明し状況を理解してもらう努力をします。

 

毎回だと疲れますがね。

 

きつい口調で急かしてもお互い嫌な気持ちになりますから、なるべく気分を安定させられるよう工夫しています。

 

そのためには日頃から自分の状態をよく観察し、心がささくれだっているのに気づいたらどこかで修復するなり自分を優しく扱ってあげます。

 

最近ではクリーニング屋さんで素材ごとに割引きが反映されず手間取るスタッフさんに「ゆっくりでいいよ、待ってる人のを先にやってあげて。そのあいだ買い物してくるから」

 

とまで言えるようになった私です(笑)

 

 

高齢者の免許返納をまじめに考えたい

また高齢ドライバーによる痛ましい事故がありました。

 

もうなんども議論されてますが高齢になれば誰しも判断力が衰えるのです。

 

いつまでも立派なわけじゃないんですよ。

 

自動運転云々の話もまだ開発途中で、先日の芝浦工業大学さんの講座では特定の状況下での自動運転までしか実用段階にないということでした。

 

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 私としてはそう遠くない将来、免許返納せずともこれまで通りの生活がしたくて早く自動運転が実現しないかなぁと思っていましたが、どうやら車と道路を繋ぐシステムが構築されないと無理なようです。

 

運用するのはあくまでドライバーで咄嗟の判断や想定外の状況にたいして対応を求められますから、本人の認知機能が衰えていたのでは乗れないわけです。

 

やはり年齢なり判断力低下のタイミングなりで返納するしかないのでしょうか。

 

地元の友人夫婦も、もともと車メーカー勤務だった父親の運転技能よりも帰り道がわからなくなったタイミングで免許を取り上げました。

 

脚が悪く車中心の地方での生活に代替案はなく、すぐタクシーを呼んでしまうのだそうです。

 

いつまでも自由に自分の行きたい場所へでかけたい。

 

しかし今回の事故のようになにかあってからでは遅いのです。

 

なんの罪もない未来ある人の命を奪う危険性が高いという自覚もなくなるのが老化なのです。

 

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 芝浦工業大学さんの職員さんも、実家で高齢の母親の車に同乗して恐ろしい目にあったとはなしていました。

 

自覚はできないようです。

 

誰かがいってやめさせるよりないのです。

 

自主返納できるうちに、返納しないなら車は処分して乗らないようにするとか本人確認証としてのみ使うとか真剣に対応しないといけません。

黄帝内経の令和を翻訳してもらう 正気と邪気

先日の中国語レッスンで「黄帝内経」に新元号の文言があることを解説いただきましたが、古典すぎてよくわからず私の担当鍼灸ドクターに質問しました。

 

 

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中国語を母国語とされているうえ東洋医学で必修の黄帝内経は熟知しているはずですからストライクのお相手でした。

 

阴者主脏 阳者主腑 阳受气于四末 阴受气于五脏

故写者迎之 补者随之 知迎知随 气可令和 和气之方 

必通阴阳 

 

 

陰は五臓を陽は六腑を司る

陽気は四肢に使い陰気は五臓に使う

経絡の流れと反対向きに鍼を打って邪気を出し

経絡の流れに沿って鍼を打って正気を養う

それらがわかれば気は調和(令和)する

これができれば陰陽バランスが取れる

 

なんだかわかったようなわからないような

 

要はこのような意味らしいです。

 

万葉集もいいですけれど、もっと前の医学書の中に使われていた言葉だと知っていても損はないですよね。

 

認知症のママが背中をさすってくれた

認知症の初期は本人も病識(自分がなんかおかしいんじゃないかという意識)がありますが進行していくと病識を失います。

 

自分が誰でどこにいてお世話している私との関係性も曖昧になります。

 

長年遠距離で通っていた私は常に緊張感から肩甲骨周りに刺すような痛みがあり今も悩みの種です。

 

ある日「ママ、私背中が痛くてさぁ〜」と話しかけると指の曲がった手でよしよしと私の背中をさすってくれました。

 

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長く一緒にいる父がお世話してもまったくの無表情なのに、私といるときは機嫌がよくて一応認識はあるようでした。

 

辛い介護のなかで少しだけ嬉しい時間というのは用意されているようです。

 

しかし途中で投げ出したくなることも多く、私自身の人生が蝕まれているような感覚や介護ありきの生活スタイルが苦しく周囲に理解者もおらず孤独でこれが虐待やネグレクトに繋がるのだ、と確信しました。

 

なぜ私ばかり?

 

同年代のほかの人たちはみんな自由にしているように見えてしまい苦しさの持って行き場がありませんでした。

 

そんななか食事介助やオムツ替えがうまくできたとかささやかなことを喜びにして過ごしていました。