のぞみのデュアルライフ(2拠点暮らしと養生方法)

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ 

離れた親の食生活を案じる

家事全般できる父でしたが介護しながらの調理は負担です。

 

田舎には気の利いたお店も少なく、いつも行くスーパーのお惣菜の味には慣れてしまい「またあの味か」となってしまいます。

 

買いに行く時間もないときはレトルトやインスタントも使いますが美味しいかどうかは別です。

 

そこで地元の社会福祉協議会の昼食宅配サービスを契約しましたが、週3日のお昼だけなので他は自分でなんとかしなければなりません。

 

私は様々な宅食サービスを調べ父に提案しましたが、宅配ボックスでのやり取りやふいな変更に対応できないなど使い勝手がよくなく断念しました。

 

食は生きる基本でしかも毎日のことですから疎かにできません。

 

近所の叔母がしょっちょうお裾分けしてくれましたが、そう甘えてばかりもいられません。

 

結局、気晴らしを兼ねた散歩ついでの買い物で食材や惣菜を買い知り合いと立ち話をするのを日課にしました。

 

疲れていたり自分の通院もあったり悪天候だったり面倒な日もあったかと思いますが、冷蔵庫のなかを暗記しメモしながら買い物していたおかげなのか、物忘れとは無縁でした。

楽しむ権利に不寛容な社会

ブログを相互フォローさせていただいている方が興味深いことを綴っておられました。

 

乳幼児を抱えているその方は好きなアーティストのライブへ行きたいのだけれど、お子さんを預かってもらうための段取りでもう疲れてしまう、ということでした。

 

なんのしがらみもなく思いつきでふらりとライブだ気晴らしだ、と行けなくなるのは辛いものです。

 

介護も同じで前々から予定していた楽しみも、親の急な体調変化や受診予定などで自分のことが後回しになりがちです。

 

自分でなにもできない人を優先するのは当然ですしね。

 

そして日本はまだまだ、育児や介護をしている人が気晴らしすることに不寛容な社会かもしれません。

 

育児または介護中なのに遊び歩いている、自分の役割に専念しろとでもいうような世間の声(おそらく幻聴)がどこからともなく聞こえてきます。

 

声の主は自分自身だったり、親だったり、身近な顔見知りだったり様々です。

 

私の母も両方の両親をお世話しているとき、いつなんどき連絡がきても対応できる範囲でしか行動しませんでした。

 

もしものとき、たまたま自分の用事で出掛けていたら「長男の嫁のくせに遊び歩いていた」などと口さがない言葉を使う人が当時はふつうにいたんですね。

 

それでかなり嫌な思いをしたようです。いった人はそれだけ立派なのかというとそんなはずはありません(笑)批判したいだけなんですから。

 

そんな人種の顔色を伺いながら生きるというのは相当なストレスです。それだけが原因ではありませんが母は次第にメンタルがおかしくなっていきました。

 

自分がされたように、楽しんでいる人を許せず非難してしまう。

 

己が満たされていれば他者の振る舞いなど気にならないはずです。

 

しかし自分を満たすことがでず不満が燻っていた母は自由な私が目障りだったようで、たびたび無料の愚痴箱にされました。

 

当時の母と同じ立場になり時おり幻聴が聞こえてきますが、行き過ぎを自制する内なるものか空耳か判断しかねるところが多分にあります。

 

 

また砂鉄が反応しました

行きつけの美容室で隠れ家蕎麦店を教わり、問い合わせしてからこわごわ行ってみました。

 

「農道の先の一般のお宅だから迷いますよ」という解説つきだったので辿り着けなければそれまでだろうと思っていました。

 

しかし新しい綺麗な道ができていて思ったより楽に到着しました。

 

蕎麦そのものより(笑)穴子や稚鮎の天麩羅が美味しく、期間限定に弱い私にはぴったりのお店でした。

 

その帰り足まだ時間が早かったので日頃あまり行かない成田方面をぶらぶらしているとコーヒーが飲みたくなりました。

 

たまたま立ち寄ったオープンカフェでくつろいでいると、このあと夕方からアコースティックギターライブをするとのことです。

 

ドタ参できますか?と訊ねるとまだ席があるということ。

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若いイケメン2人がテラス席にやってきてリハーサルを始めました。カッコイイ‼︎

 

やはり続きが聴きたくなるものです。

 

まだ明るいうちからオーガニック野菜ご飯をいただき一番前で生演奏を楽しみました。目も耳も舌も大満足。

 

なにも知らずに立ち寄り、突然のライブとディナーでとても幸せな気持ちになりました。

 

このところしばらくみぞおちがつかえたり胃痛があったり辛かったのに、昼の隠れ家蕎麦店からのアコースティックライブですっかり気があがりました。

 

おふたりのうちの1人は船橋のご出身とのことで、お近くでの演奏会の予定を教えていただきました。

 

この日も私の中の砂鉄が磁石に反応したようです。

 

 

智者は時に遅れず勇者は決を留めず

好機を見定めるのが智者で好機を逃さず実行に移せるのが勇者。

 

黄巾の乱董卓(とうたく)が放ったことばです。

 

私は数年前から三國志を読み始めたものの、途中で理解できなくなり止まったままです。

 

そんなこともあろうかと吉川英治のダイジェスト版を電子書籍で購入したのにこの始末です。

 

しかし三國志そのものは好きなので、時系列でなくてもお気に入りの部分や言い回しがあります。

 

妻の裏切りを知るとすぐ井戸に投げ入れたり、逍遥(しょうよう)というなんとも美しい言葉があったり(漢方薬の名前にもなっています)、ナタで敵を真っ二つに斬り落としたり、何里も走り続けられる赤兎馬という馬がいたり。

 

物語の部分と本当の歴史(三国志演義)が混在していますが、どんどん引き込まれる内容です。だから途中で疲れてしまうのかしら。

 

三國志オタと呼ばれる渡邊義浩先生がCG解説している本は、戦のみに焦点を当て武器や軍装、軍事制度や基本陣形などさながら読むRPGです。

 

戦ごとの意義や名言も盛り込まれており、物語をダラダラ読んで途中で迷子になることもありません。私には合っているようです。

 

当初気づかなかった黄巾の乱が漢方の五行説の土徳からきていることなど新たな発見もあるのでした。(土=黄)

 

好機を逃さず実行に移すべく読み進めていきます(自分の講座でネタにする気でいます笑)

 

 

身体が磁石じゃなく砂鉄⁇

普段降りない駅に用事があり、帰りに気になる通りを歩いているとお洒落なカフェを見つけました。

 

早速入ってコーヒーを注文すると一周年記念で焼き菓子がついてきました。

 

店内に古いピアノがあるのでオーナーにお話しを聞くと、ときどき演奏会をするのだとか。

 

私もピアノ教室の大家さんをしているので、どんな活用方法があるのか、習い始める前の体験会などいいのでは?などのお喋りをしました。

 

私の教室での体験会は9割がた入会するつもりの方ばかりなので、習わなくてもただ触るだけ、という機会はなかなかありません。

 

ゆったり過ごした帰り足、その日だけのマルシェを近くの古民家でやっていて、ちょうど椅子ヨガが始まるところでした。

 

自分もヨガインストラクターで他の人の教え方が気になるので急遽参加しました。

 

私以外は皆さんお知り合い同士らしく、アウェイ感がありましたが楽しくレッスンできました。

 

終了後イントラさんとお話しすると共通の友人がいたり、今後エアリアルヨガやピラティスも取り入れてみては、などのお話をさせていただきました。

 

マルシェにはヘナやメヘンディのボディアートの方もいらして、以前からワンポイントが欲しかったので足にロータスを描いてもらいました。

 

レンタルスペースとして利活用されている古民家の存在を知ったり、通りかかっただけなのにヨガもメヘンディも望んでいたことが一気に叶ったような不思議な1日でした。

 

この数年このようなことがたびたびあるのですが、自分のなかの砂鉄が磁石に対してよく反応するようになったのかもしれません。