のぞみのデュアルライフ(2拠点暮らしと養生方法)

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ 

3歳当時の自分と出会う旅

生きることに必死だった両親

叔父の葬儀で幼少期暮らしていた街へ立ち寄りました。半世紀も経っていますから田んぼだった場所はほぼ埋め立てられ立派な道路やショッピングモール、平成の大合併でできた市役所など町の中心が移り私のぼんやりした記憶と重なる部分は少なくなっています。

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御神木の黄葉がとても綺麗だったこと、裏手を流れる川が大雨ですぐ増水して怖かったことや、向こう岸の火事をみんなで不安げに見ていたことなど3歳当時の記憶でもわりと鮮明なんですね。おそらく5歳になる前に父方の実家へ引っ越し月遅れで幼稚園の年中に編入したのだと思います。

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川にかかる橋には夏祭りの提灯が飾られ郷愁感マックスでした。ここを自転車で通る父の写真がどこかにあったはずです。若かった両親は日々生きることに必死で今でいうベビーシッターさんに私を預けて共働きしより良い暮らしを目指していたのでしょう。高度経済成長で豊かな未来を描きやすかった時代ですね。

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近くの母の実家にもよく行き叔父夫婦や祖父母にも可愛がってもらいました。親戚付き合いが当たり前にあり冠婚葬祭で集まる機会も多かったんですね。今は個の時代といわれますがこの面倒なおつきあいに救われる面も多く、いつでも素のまま立ち寄れていくつになっても「のんちゃん」と呼んでもらえる場があり恵まれていることを再認識しました。