のぞみのデュアルライフ(2拠点暮らしと養生方法)

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ 

病気だからこうなったのか、こうだから病気になったのか

実家は足の踏み場もないゴミ屋敷でした。

 

ほとんどがもう役目を終えた、もしくは使うタイミングを逃したものばかりで、使えるかもしれないなどと取っておくことが更なる魔窟を生み出す引き金になっていました。

 

地域のバザーで食器洗剤の詰め替えやその他もろもろ大量のまだ使えるゴミを提供すると「もったいないから家で使いなよ〜」とみなさんに言われました。

 

しかし買い置きがあるのを忘れて毎日同じ買い物をしてくる母でしたから、どこかで家の外に出さないと死ぬまで片付かないと思いどんどん提供するようにしていました。

 

私は出しても出しても奥から際限なく出てくるゴミでメンタルがおかしくなり、いつ片付けが終わるんだ?いやそれは自分次第だろうけど早く逃げたいばかり考えるようになりました。

 

地元の保健師さんと「認知症だからこうなったのか、こうだから認知症になったのかね〜」と話す機会があり、いずれにせよ親の家の片付けという荷の重すぎる役目が私に降りかかりました。

 

認知症とともに8LDKの二階と3LDKの平屋含む1000坪の断捨離がスタートしました。

カーネーションを贈る母がいない

去年までは意識したことがなかったのですが、今年は母の日にプレゼントできる相手がいません。

 

どんな姿でも生きていてくれることが私のエネルギーになっていたのは間違いないようです。

 

例年、お喋り介護ロボットやデイサービスに通うときのバッグや衣類などすぐ使えるものを選んできました。

 

しかし今年は贈りたくても相手がいません。

 

なんでもそうですがやれるときにやらないと後悔するものです。

 

先日そんな話をネイルサロンでしていたらネイリストさんが私の爪にホログラムでカーネーションの花を作ってくれました。

 

今でも日々、母を思い出していつも一緒にいる感覚があります。

 

うまく説明できませんが肉体はなくなってしまったけれど私のなかではこれまでと同じように過ごしています。

処分した不動産が再生していた

以前、5年半ほどかかった身内の相続で遺された長屋が住宅兼店舗のステキなカフェに生まれ変わっていました。

 

 

info.dual-life.site

 

 

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生涯単身でお子さんのいなかった方の相続事務は非常に困難で、書類の上では理屈通りにやれそうですが個々の感情が絡み合ってなかなか厄介でした。

 

無駄に時間を浪費しているあいだに相続人が亡くなり、そのお子さんが代襲相続することになったものの絶縁状態で連絡が取れないなどややこしさを極めました。

 

遺産分割が終了するまで5年半、その後遺された不動産が利活用されるまでさらに時間がかかりました。

 

たまたま義姉の知り合いの不動産屋さんがあいだに入ってくれて、ちょうど希望している方を紹介されニコイチの長屋が分筆されカフェ併設の住宅に生まれ変わっていました。

 

出来上がった物件だけみてもわからない様々な経緯を思い出し、土地も亡くなった方も喜んでいるようで私も嬉しくなりました。

 

兵庫県伊丹市の176号線から少し入ったその場所は、カラオケもできる近所のシニアご用達のお店になって最善の形で再生できたと思っています。

 

今回、久しぶりに訪ねてみてほんの数年前まで大阪と宮城のダブル遠距離介護をしていた時期が懐かしくなりました。

 

いま同じことをやれといわれてもできません。

 

やはりものごとの起こるタイミングに間違いはないのだろうと勝手に思っています。

 

平成最後の日にお墓まいり

元号改正を狙ったわけじゃないんですがね、気掛かりを少しでも減らしておきたい気持ちはいつもあります。

 

平成最後の日、しばらくお参りに行けていなかった尼崎のお墓に行きました。

 

阪急園田駅からほど近いその墓地は公営で様々な宗派のお墓が入り混じっていて、ずっと檀家寺院で育ってきた私にはピンときませんでした。

 

良心的な金額で賃貸できるらしく抽選でなかなか当たらないと聞きました。

 

当日は朝からどんより曇り空で小雨がぱらつき風邪を引きやすい私の苦手な天候でした。

 

しかし墓地に着くとすぐ雨は止み、つる植物が絡み合って気の毒な状態の敷地の剪定作業をして墓石をスポンジで洗いお花を活けてお焼香すると気持ちが晴れやかになりました。

 

あれはなんなんでしょうね。

 

実家の墓地でも同じような気持ちになります。

 

別にいいことをしている自分に酔ってるわけじゃないんですが、やらないよりやったほうがいいと思います。

 

あ、無理にしなくてもいいんですけどね。なんというか日頃の邪(よこしま)な自分に気づくというか、そんな表現が適当かなという感じです。

 

不思議と雨も止み気掛かりも解消しよい平成最後の日になりました。

まさかの坂って本当にあるんだ

私の知り合いに、背景を聞いただけだととても恵まれて羨ましい人がいます。

 

ご夫婦2人とも教育関係のお仕事をしていて世帯年収も高く、お子さん2人とも優秀で国立大のマスター卒で一流企業勤務という、どこかで聞いたような模範家庭です。

 

下のお子さんが交換留学制度で勉強できることになり奥様が学費の入った口座を確認しに行きました。

 

エスカレーター式の私学ですからまとまった金額が入っているはずでした。

 

ほとんどなくなっていました。

 

ご主人が複数の女性との交際費に使ってしまっていました。

 

お相手のなかにはお子さんの習い事の先生もおり、身近なところでよくバレなかったものだと感心しました。

 

携帯ももう一台契約していて請求明細が自宅に来ないよう手続きしていました。

 

さて、どうなったか。

 

自宅ローンの残債をご主人が払う形で出て行き、下のお子さんと奥様だけの生活になりました。

 

奥様は大学に入り直し学位を取り、若い同級生たちと学生生活を送り卒業後は新しい職場で管理職としてスカウトされ現在に至ります。

 

こうなる道すじだったのか、というにはあまりに失うものが大きすぎた気がします。

 

もともと奥様の父親が外に女性をつくって出て行ったことから幸せな家庭がほしいという願いを持っていました。

 

それが手に入ったと思ったら双六のコマが次へ進んでしまいました。

 

おそらくこの先も思いがけない展開になっていくのかもしれません。