のぞみのデュアルライフ(遠距離介護とゴミ屋敷問題)

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

気は余ってはじめて人のために使える

気づかい気配りで疲弊してませんか

漢方スクールで人の身体は「気血水」で構成されていると教わりました。血水はなんとなくわかっても気は目に見えないのに昔の人はどうやって体感したんだろう⁇と不思議でしたね。

気は目に見えないエネルギー

気が満ちていると多少のイレギュラーや変更など柔軟に対応できますが(余力がある)足りない(気虚)と頭で理解できても身体がついていきません。

 

いくら慣れた状況でもまったく気づかいしないということはないでしょう。私だって親の介護をしているときは緊急の呼び出しや連絡がいつくるともしれずビクビクしていました。

 

連絡があればあったでなるようにしかなりませんが、よりによってそのとき弱りきっているともう対応できないわけです。

己を満たすことの大切さ

だからこそ日ごろから自分を充分いたわり大事に扱うのが肝ですね。楽しみを持ち楽しいことを考える、大好きな場所へ行く、美味しい食事をゆっくり味わうなどごく普通のことで気が満ちてきます。しかし介護していると自分を後回しにしがちです。

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するとただでさえ足りない気が詰まってきて「気滞」になります。私がわりとそうなりがちです。足りないうえに滞るとイライラの持って行き場もなく周囲を不快にさせ結果孤立します。

 

己を満たすのはつまり自分のためでもあるわけです。そこからはじめて人のために「気」を使えるんですね。順序が逆になっている人を多く見かけますからちょっと意識してみましょう。