のぞみのデュアルライフ(2拠点暮らしと養生方法)

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ 

認知症患者の散髪問題

健常だと自分で美容室なり理容室なり予約して行くのを当然と思っています。母はロングヘアを一つに束ねたり、上手に巻いてピンでアップにしたりしていたので何年も散髪したことがありませんでした。物心ついてから美容院に行っているのを見たことがありません。共働きで育児も介護もとなると休息を優先にしたいし、美容院で拘束される二時間ほどを捻出するのは面倒にもなります。だから髪がいつも整ってる、頻繁に美容院に行ける=生活に余裕があると認識してしまいます。

 

もともと面倒でひっつめスタイルに落ち着いてしまい、短くして手入れもしやすく見栄えもよくなるタイミングを逸してしまうと、どこの美容院へどんなタイミングで予約を入れてどんなスタイルにすればいいのかがわかりません。友達がいないので人に訊ねることもできません。なので「もうこのままでいいや」となってそのまま認知症になりました。

 

診断後しばらくは自分で洗面所でシャンプーできてましたが、認知症の進行に伴い洗髪のやり方がわからなくなりできなくなりました。さて大変です。艶のないゴワゴワのロングヘアを濡らさないようにシャワーキャップを被せて入浴介助する身としては重労働です。そして毎日でなくてもシャンプーするのも乾かすのも、洗面所でやるのは本当に骨が折れました。本人は髪を切ることにとても抵抗していたようですが徘徊が始まった頃にはもう強くこだわらなくなり、私が帰省した時は肩ぐらいまでバッサリ切っていました(父が理髪店に連れていきました)それでもまだ長すぎると思いましたが。

 

帰省の度にだんだん短くなり、ついには老人ホームカットと呼ばれる短さになっていました。お世話されるほうだって楽になります。冬場などすぐ乾かさないと風邪を引かせてしまいますから。昔から母の長い抜け毛が気持ち悪かった私はとてもスッキリしました。一説によれば「髪には厄が溜まりやすい」なんて言われてますから、何十年も散髪してなければ何かよくないモノがついても不思議じゃありません。認知症の原因かどうかはわかりませんが。自分がそうだからかカラーリングやパーマなどを酷く嫌って、平安絵巻のような漆黒のストレートロングが一番いい!という価値観を常に押しつけてくる本当に嫌な母でした。日舞やバレエや着付けを教えてるとかならともかく、高齢の一般人が腰まで髪を伸ばしてるなんておかしいとしか私には思えませんでした。昔の私の同僚も当時40近いお局社員さんがやはり腰までのストレートロングなのを「あの歳であんなに伸ばして変だよね」と言ってて絶対母に会わせられないわ!と思ったものです。なんだか周囲と調和できない浮世離れした変な人という認識でしたから。なぜそんなにまでストレートロングに固執するのか。

 

一度いいと思ったら、状況が変化しても対応しないできない頑固さや強情さの反映かもしれません。腰までの長さの髪といったら相当な重さです。その重さが常に頭に乗ってるのですから考え方も柔軟でなくなるでしょう。加齢で髪が痩せてくる、まとまりづらくなる、自分で手入れできなくなるのは考え方を変える分岐点です。にもかかわらず若い頃と同じ認識で年齢だけ重ね、実際の自分と頭の中の自分との間に齟齬が生じて雰囲気がおかしなことになるのだと思います。先のお局社員さんも長い髪こそ女性らしさの象徴という価値観だったのでしょう。それはきちんと手入れされていてこそであって、伸ばし放題でゴワゴワに痛んだ抜け毛が部屋の至る所に、大量の着られなくなった衣類のあいだなどに見つけるたびに不愉快極まりない気持ちになり、私の胸の内になんだかどす黒いものが広がっていくのでした。ちなみに私はロングヘア嫌いではありません、念のため(笑)