のぞみのデュアルライフ(遠距離介護とゴミ屋敷問題)

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

本家、分家が理解できない都会人。お家存続って自由がないの?

いまだに地方の田舎だと本家・分家のはなしになります。

 

ちなみに私は本家ののんちゃんと呼ばれています。

 

近くに分家があり両親の兄弟・姉妹よりも親しく頻繁に行き来していて鍵も預けています。

 

当然おかずをタッパーでやり取りしたり、お返しにどこかのお土産を渡すなどふつうにやっています。

 

実家の庭でたくさんの実をつける梅や柿栗なども分家が収穫して梅酒や干し柿、栗ご飯になった状態で美味しくいただいています。

 

檀家寺院の集金も立て替えしてもらったり、お盆やお彼岸前の墓地の掃除も頼んだりしています。

 

長年にわたる母の介護では離れて暮らす至らない私を常にサポートしてもらっていました。

 

何代か前のご先祖様、つまりルーツが同じなので親戚という表現より濃い関係性です(暖簾分けのように理解して下さい。苗字が同じでもとは同じ家の出身。家系図を見るとわかる)

 

この分家の存在がなければ私は偉そうに遠距離介護を語る資格もありません。

 

冠婚葬祭のときはどんな引き物にするか、どこでいくらの法事をするか、誰を呼んで席次をどうするかなど一緒に相談しながら決めます。

 

都会の人には理解できないでしょうけれど地方はこのような人間関係に支えられています。

 

昔ほどではありませんが本家の長男として跡取りになると多くのものを背負い、自分の一存で土地を売るとか墓じまいするとか分家の意見も聞かなければならず負担です。

 

父はそれらをやりきって私にバトンを渡したわけですが正直なところ荷が重すぎます。