エンディングノートなど寝言である
数年前からはやりのエンディングノートなどというもの、実際亡くなってから活用できたか検証されてるんですかね。長い介護のすえ1年のあいだに両親をあいついで亡くし2年連続で相続事務をやった私はなんの役にも立たないしろものと思ってますが。
葬儀で流してほしい音楽とかなにをしてほしいとかではなく、遺族が困らないよう手続きしておくのがこの世を去るときのマナーなのでは。本人がどのような思いだったのかはきちんと向き合っていればある程度までならわかると思うのは傲慢ですかね。けして私が冷酷とかじゃないと思いますよ。
母は認知症で昼夜逆転し連日の徘徊で警察沙汰になり血だらけで発見、ゴミ屋敷で担架を家から出せず搬送が遅れた、同時進行で父もMCIと診断され両親ともに認知症となった経験から公正証書遺言の存在がいかに大事かみなさんにいっておきたいですね。
さいわい父は公正証書遺言を作成していましたがそれでもいっさい介護しなかったきょうだいが内容に不服を訴えてきました。自分から縁を切りたいといっておきながら金銭はほしいという辻褄のあわなさに呆れました。公的なものがないと揉めます。第三者機関をとおさないエンディングノートなど寝言でしかありません。うちは仲がいいからという方はそういうことにしておかれたらよいでしょう。

私が賃貸業をしていることできょうだいはいずれおこぼれにありつけると考えていると耳にしたため(1/4権利がある)代々お世話になっている司法書士事務所で公正証書遺言作成の相談をしてきました。私が突然死するかもしれませんからね。今年はこの内容を決めて公証人役場に提出するところまで漕ぎつけたいな。