のぞみのデュアルライフ(遠距離介護とゴミ屋敷問題)

不仲な親の介護と実家のゴミ屋敷化に悩む皆さんへ

介護は助けてをいう練習が必要

どこまでが自己責任なの?

親が認知症になった、遠距離介護に通うことになった、それに伴い体調不良もある。いずれも自分が選んだ結果なのでしょうか。簡単に人を頼るのはよくないと教育されてきた弊害は大きいですね。1人で生きているわけじゃないのに。

助けてがいえないことに問題がある

無理心中のニュースなど毎日のように聞きますが、いずれもまじめに介護してきた人たちでもう打つ手がなかった、相談相手がいない、本音をはなせる場がないなど追い詰められた状態だったようです。好んで手をかけたわけではないでしょう。

制度は整っているはず

地域包括や介護保険など行政サービスの仕組みは整っているはずなのなぜ取りこぼされてしまうのでしょうか。ケアマネージャーが介護プランを作成しその人に合ったケアを提供していても本当の困りごとにアプローチできていなのかもしれません。

 

本音は親を預けて好き勝手に飲み歩きたい、気分次第で出掛けたり旅に行きたい、介護にかかる費用が生活を圧迫して負担だ、いつ呼び出しがあるか気持ちが安らげないなどなど。

 

すべての願いが叶うわけではありませんが上記のような本音はわがままではありません。10年遠距離介護していた私は途中でなんども投げ出したくなりましたから。

 

逃げ場のあった私は恵まれていて自宅に戻れば母のお世話は父に任せ、施設のスタッフさんや通いのヘルパーさんや叔母夫婦にサポートしてもらえました。

完全に切り離せる場が必要

介護とまったく関係ない場に身を置くのがメンタル崩壊しないコツです。それと限界まで頑張らずかなり手前で助けてをいう練習をしましょう。実際助けてもらえるかどうかは別として「人にいう」訓練をしておかないと困りごとは説明できないものなのです。

 

紙や手帳に書いてもいいしスマホのメモでもいいですから気掛かりを書き留めておきましょう。困りごとの言語化を癖づけてみると自分の本音がはっきりしますよ。